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【読書ルーム(88) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第3章  プロメテウスの目覚め〜コペンハーゲン 3/3 】


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【本文】

約一年半後、ニールス・ボーアとその妻はイギリス諜報部の手を借りて終にデンマークを去った。ナチスによるユダヤ人迫害はすでにデンマークでも実行に移されつつあり、ユダヤ人を母とするボーアに身の危険が迫っていた。コペンハーゲンからスエーデンまでの短い航海にさえもはや危険が伴ったが、ノーベル賞受賞者にしてアインシュタインと並ぶ理論物理学の双璧である科学者ボーアをナチスの傘下から救い出そうと、イギリス諜報部はあらゆる手段を講じた。万が一ゲシュタポに捕らえられてもボーア夫妻であることを知られないよう、ボーアとその妻はパスポートの携帯さえ許されず、最小限の手荷物だけを持参して散歩を装って家を出た後、漁師の夫婦に身をやつして屋根のない漁船で故国デンマークを離れた。妻が中立国のスエーデンに落ち着いた後、ボーアだけがイギリス軍の戦闘機で連合国側に送られることになった。イギリス空軍兵士と同じ恰好をさせられ、敵機に襲撃された場合に備えてパラシュートまで背負わされたボーアは、本来はパイロット一人しか乗ることのできない戦闘機の爆弾や荷物を積む場所に座らされ、連合国側の全ての政府関係者や原子力開発関係者がその無事を祈る中、スエーデンを立ってイギリスを目差した。生まれて初めて乗った飛行機の中でボーアは酸素マスクを正しく装着しなかったか、あるいはマスクがはずれたらしく、飛行機がイギリスの軍事基地に到着した時にボーアは気を失っていた。

 

イギリス到着し、ニールス・ボーアはすでにイギリスに落ち着いていた物理学者の息子アーゲ・ボーアやかつての部下でリーゼ・マイトナーの甥のオットー・フリッシュに迎えられたが、ボーアが悪夢のような一連の逃避行から肉体的、精神的に回復するのには多少の時間を要した。しかし、その間にボーアは、コペンハーゲン学派の寵児の理論家ポール・ディラックゲッチンゲン大学からスコットランドエジンバラ大学に移った旧友のマックス・ボーン(ドイツ語= ボルン)あるいはカベンディッシュ研究所に留学していた頃から親しかったチャドウィックなど、亡命ユダヤ人やイギリス人の科学者らと合流して旧交を暖め、次いで多くの教え子と信奉者がボーアを待ち受けるマンハッタン計画のサイト、米国ニュー・メキシコ州ロス・アラモスを目指した。

 

マンハッタン計画においてボーアはアメリカ政府から何らかの役割を与えられたわけではなかったが、科学者たちの理論上の疑問に答えるだけではなく、様々な文化や歴史、個人的背景を背負ったこれらの科学者たちの精神的な支柱の役割を果たすことになるのである。

 

【参考】

秘密情報部 (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%98%E5%AF%86%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%83%A8?wprov=sfti1

ロスアラモス国立研究所

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%82%B9%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80?wprov=sfti1

【かわまりの映画ルーム(特番)】

https://kawamari7.hatenablog.com/entry/2019/08/16/112350

 

拙著「プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語」URL:   https://www.amazon.co.jp/プロメテウス達よ-川上真理子-ebook/dp/B01G107PTG/ref=sr_1_3?__mk_ja_JP=カタカナ&keywords=川上真理子&qid=1564781407&s=digital-text&sr=1-3