かわまりの映画評と創作

かわまりの読書ルームでは第一弾ノンフィクションに次いで歴史小説を連載中!

【読書ルームII(117)  黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第九話 スコットランドの荒野にて(一七九八年 イギリス)3/

 

「お帰りなさい。」とジョージとアグネスが言うと母は黙って小屋の中に入り、藁布団の上に座ってうなだれた。
「昨日の晩、思い当たるところには全部手紙を書いたと思ったけれど、二、三思いついたところがあるから手紙を書いてみます。」と母は言った。
「奥様、お昼ごはんを食べてから少し横になられたらいかがですか?とても疲れていらっしゃるようです。」とアグネスが言った。
「ええ、そうします。でもこんなところでいつまでも暮らすわけにはいかないし、気ばかり焦って・・・。」と母は苛立っていた。
「奥様、手紙の中には男爵について何か知っていることを教えてほしいとか、男爵の領地を見にいく機会があったらどんな様子なのか教えてほしいとか、そういった依頼もされたんでしょう?ハンソンさんによれば相当の領地があるんでしょう?」
「ええ、ハンソンはそう言っていました。」
「じゃあ、ジョージはお金持ちになれるでしょうね。」
「そうだといいけれど・・・。」

 

三人は黙って食事をした。アグネスと二人きりの間には聖書に関する楽しい会話がはずんだのに、母が帰ってくるなりジョージには雰囲気が重苦しく感じられた。
「私はこの子のために服を売り、宝石や家具を売り、今度は自尊心まで売っているようなものじゃありませんか・・・。この片輪の子のために・・・。この子が領地を手に入れることができないなんてことになったら、私たちは一生この小屋から出られないかもしれないわ。」と母が呟いた。母の言葉は同年輩の子供たちから投げられるどんな意地悪な言葉よりもジョージの心を深くえぐった。食事が終わるとアグネスは結婚したばかりの夫が待っている家へ帰っていった。


ジョージは午後になっても夢中で聖書のサミュエル記を読み続けたが、本から目を上げると苛立っている母が目に入り、母と一緒にいるのがわずらわしくなってきた。未来を楽天的に信じるアグネスと一緒にいるほうがよかった。ジョージはアグネスよりも母のほうが聖書の内容をよく知っているような気がしたが、母に聖書の内容について尋ねることは自分の密かな関心や知識を母に知らせることになるような気がしたので母には聖書についての質問はしないことにした。


それから数日の間、アグネスは朝になるとパンとミルクを持ってやってきて昼前になると母が昼食と夕食を買いに出かけ、母が戻ってきて三人で昼食を済ますとアグネスは帰っていった。ジョージは相変わらず聖書に没頭していた。手紙を投函してから約一週間ほどすると、今まで二階を借りて住んでいた香水屋に手紙の返事が届いていないかどうか見に行くと言って母は今までよりも長く、ジョージとアグネスを二人っきりにするようにした。最初の何日かは母は手ぶらで帰ってきた。それから、落胆して帰ってくるようになった。ジョージと母が香水屋の二階を出て街はずれの掘っ立て小屋に移ってから、スコットランドに遅い夏がやってきた。ジョージは母に、アグネスの付き添いで川に泳ぎに行ってもいいかと尋ねた。母は構わないと言った。


ジョージとアグネスが川に着くと、川で水遊びに興じていた子供たちの中でジョージを知っている何人かがジョージを指差して言った。
「ロード、ロード、ちんば(レ イム)のロード!」
「僕はちんば(レ イム)のロードじゃないぞ、小公子(リトル・ロード)だ!」とジョージは言い返した。
「ロード、ロード、ちんば(レ イム)のロード!」と子供たちはジョージを指差して唱え続けた。ジョージには他の子供たちとは境遇が変わった自分をうらやんでこのように自分をからかうのだということがわかっていた。だから、ただの「ちんば(レイム)!」と言ってからかわれた今までとは異なり、ジョージは「ぼくは敵から逃げないようにとちんば(レイムネス)を授かったんだ!」と言い返すことも、他の子供たちに泳ぎを見せびらかすことも、しかえしに水しぶきを浴びせることもできなかった。ジョージはしかたなく、アグネスを誘ってジョージをはやしたてている子供たちから離れた川の深いよどみにまで行き、冷たい水に体を浸した。その時、ジョージの頭にひらめいたものがあった。
「ロードというのはこの世に領地を持っている貴族のことじゃない。神様のことなんだ。」
ジョージは聖書の中でしばしば神様が「ロード」と呼ばれているのを知っていたが、その時まで「神」を意味する「ロード」とこれからの自分の身分である「小公子(リトル・ロード)」を結びつけて考えてみたことはなかった。
「人間の貴族がちんば(レイム)でもおかしくも何ともないけれどあの子供たちは僕が『ちんばの神様(レイム・ロード)』になったと言って騒いでいるんだ。僕は神様(ロード)の子だ。」
その日、心ゆくまで泳ぎを楽しみ、水泳の腕が昨年から全く変わっていないことを確かめたジョージは帰りがけにアグネスに言った。
「僕はもう、ここでは泳がないことにしたよ。」

翌日からジョージは今までよりも一層熱心に聖書を読み始めた。サミュエル記は上下巻ともにとっくの昔に読破していた。ジョージは今までつまらないと決めつけていた新約聖書も真剣に読み始めた。


ある日の夕暮れ時、母が夕食を整えに外出し、遅くなってから帰りたくないと言うアグネスが小屋を去った後では小屋から出てはいけないとジョージは言われていたが、陽が傾きかけた荒野をジョージは聖書を抱えてそぞろ歩いた。
ダビデは巨人のゴリアテを石を投げて倒した。タビデが巨人を倒すのに脚は必要なかった。ダビデゴリアテから逃げなかった。真っ直ぐな脚は逃げるためだけに必要なんだ。」ジョージはこう思い、聖書を側の岩の上に置くと、側にあった大きな石を抱えて力まかせに投げた。
「僕はダビデの子孫で神様(ロード)の子だ。」
ジョージは新約聖書のマタイ伝の冒頭のアブラハムからダビデに至る系譜とダビデからイエス・キリストに至る系譜をそらんじていた。そしてイエス・キリストが福音の説教や病人の治癒で活躍する以前、四十日間に渡って荒野をさまよい、粗食だけに耐え、悪魔の誘惑にうち勝ったという新約聖書の逸話もすでに繰り返し読んでいた。
「そして今、僕は荒野のはずれにいる。」とジョージは思った。 (続く)

 

【読書ルームII(116)  黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第九話 スコットランドの荒野にて(一七九八年 イギリス)2/

 

翌朝、目が覚めた時には陽が高く上っていた。学校に行かなくてよくなってから数日間は目まぐるしさもてつだってジョージは学校を恋しいとは思わなかった。しかし、町外れの小屋に落ち着き、別れた友達のことが恋しくなってきたのでジョージは母に尋ねた。
「新しい学校にはここから行くの?」
「いいえ、これから旅をして、住むことになる場所で学校に行くのよ。」
ジョージはこの小屋が落ち着き場所ではないとわかってまた不安に捕われた。自分の近い未来で何が展開していくのか全く見当がつかなかった。トランクの中に忍ばせてきた数少ない玩具も友達がいなければ価値がなかった。しばらくすると、アグネスがパンと搾りたてのミルクが入った水差しを持って現われた。
「奥様、今日はどうなさるんですか?」とアグネスが尋ねた。
「夕べ書いた手紙を出してきます。誰かがお金を工面してくれるかもしれません。」
「ハンソンさんが何とかしてくださらないのかしら?」
「いいえ、ハンソンはジョージが男爵の後継ぎだということを確認しただけで、男爵にどのくらい財産があるのかわからないんです。もしかしたら借金だらけで財産なんか何もないかもしれないと言うし・・・。ジョージと私がニューステッドに到着するまではハンソンが男爵家の財産について調べるわけにもいきません。ハンソンはいわばうちの使用人の立場だからハンソンからお金を借りるわけにはいかないでしょう。ハンソンだって四人の子供と奥さんがいるし・・・。」
「じゃあ、やはり親戚しか当てにできないんですね。親戚の方の中で男爵家の財産について知っている人がいればお金を貸してくれるかもしれませんね。」
「ええ、それしか当てにできるものはありません。ニューステッドまでの旅費と宿泊料、そして万が一・・・。」
「奥様、そんなことは考えないで希望を持ってください。坊ちゃんはきっと今までよりもずっと幸せになります。私はそう信じています。二歳の時からずっとお仕えした坊ちゃんとこれから坊ちゃんにお仕えする妹のために私はそう固く信じます。」
ジョージは部屋の隅でトランクの中から取り出したおもちゃの刀を磨いていたが、母とアグネスの会話を聞いて息苦しくなってきた。
「私はこの子のために私の宝石は晴れ着や家具の一切を売り払いました。これでお金を使ってはるばるニューステッドまで行ってみてこの子が何かの間違いで小公子(リトル・ロード)ではないということがわかったら、私は一体どうすればいいのでしょう。」と母はうつむき、目の前に置かれたパンとミルクにも手をつけずに言った。
「奥様、希望を持って、神様とハンソンさんのおっしゃることを信じて、勇気を持ってください。今日手紙を出す方の中から誰かがきっとお金を都合してくださるわ。」
アグネスはこう言うと立ち上がり、持ってきたコップについだミルクとパンがのった皿をジョージの傍らに置いた。トランクを重ねただけの、ただでさえ狭い仮ごしらえの机の上には郵便局に持っていくばかりになっている封書が並べられたままだった。
三人は黙って朝食を食べた。少ない朝食を終えると母は立ち上がって手紙を出しに行くと言った。ジョージはアグネスと一緒に薄暗い小屋の中から外に出て、ジョージはたった一冊手元に残った本である聖書を読み始め、アグネスはバスケットから縫い物を取り出して針仕事に精を出した。
ジョージは教会の牧師の仕事というものはは聖書の中から説教じみたつまらない箇所だけを抜き出して語ることだと思っていた。
「人はパンのみにて生きるものにはあらず。」「隣人を愛せ。」「父母を敬え。」このような教えをジョージは物心ついた頃から母やアグネスに連れられて行った教会でいやというほど聞かされていたが、八歳の時に旧約聖書の創世記を読み、天地創造ノアの箱舟の話の迫力に圧倒された。牧師さんの説教は普通の人は放って置けばつまらない箇所を読み飛ばすからかもしれないとジョージは思った。しかし、聖書をお祈りかまじないの道具と考えているらしいアグネスのような人間は一体、聖書の面白さをわかって読んでいるのだろうかとジョージは思い、隣で縫い物をしているアグネスに尋ねてみた。

「ねえ、アグネスは聖書の中の面白い話を何か知っている?」
「知っていますとも。」とアグネスは答えた。
「坊ちゃんはノアの箱舟はもうお読みになりましたか?」
「読んだ。」
「じゃあ、エバが蛇に誘惑される話もバベルの塔の話もお読みになったのね。」
「読んだ。」
「じゃあ、モーゼがイスラエルの民を連れてエジプトから逃れる話は?」
出エジプト記だろ。読んだよ。創世記と出エジプト記を読んだけれどレビ記になったら神様の命令ばかりでつまらないから止めた。あとは、誰かが面白いと言ったところだけ読んだ。」
「まあ、坊ちゃんはまだ十歳なのに賢いのね。サムソンとデリラの話はお読みになりましたか?」
「読んだ。師士記だよね。」
「ヨナが魚の腹の中で暮らす話は?」
「読んだ。」
「坊ちゃんにはかなわないわ。イスラエルの美少女エスターが異教徒の女王になってイスラエルの民を救う話は?」
「読んでない。」
「男の子だから興味がないのね。ダビデが巨人のゴリアテを倒す話は?」
「まだ。」
「じゃあ、是非お読みなさい。サミュエル記ですよ。」
ジョージはアグネスに言われたとおりに聖書のサミュエル記を広げるとむさぼり読んだ。


ジョージと母が越してきた小屋や住居と呼べるような場所ではなかった。ジョージには街のはずれの荒野との境になぜこんな小屋が建っているのかさえわからなかった。最初の夜、ジョージが母に用を足したいと言ったら、母は「男の子はいいわね。どこででも用が足せるから。」と言った。
この言葉を聞いてジョージはどうすればいいのかがすぐにわかった。そして、ジョージはアグネスにもまた同じことを聞かなければならなくなった。アグネスは黙ってジョージを小屋の裏に連れていくと低い囲いのある場所を示した。ジョージはこのような場所で用を足すのは初めてだったが、人から見られることもなく、囲いから見え隠れしている頭を見れば誰でも遠慮して入り口の粗末な扉を開けてズボンを下ろしている自分の様を見たりはしないだろうと思った。そうこうしているうちに母が昼食を携えて戻ってきた。(続く)

【読書ルームII(115)  黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険】

第九話 スコットランドの荒野にて(一七九八年 イギリス)1/


さるほどに、一人の「天使」の目に見えぬ加護のおかげで
この廃嫡の「少年」は太陽の光に酔って生きつづけ
その飲むものは悉く、その食ふものは悉く、
朱金の色の神酒と化り、不老長寿の御饌となる。
風を相手にふざけたり、雲を相手に語ったり、
「十字架の道」歌ひつつ恍惚したり
森の小鳥をそのままに浮かれはしゃぐ彼を見てこの巡礼に
付き添ひの「精霊」は涙にむせぶ。
ボードレール悪の華」より「祝祷」堀口大学

 

ジョージにはわからないことがあった。ある日、学校から家に帰ると、居間のテーブルの脇で母が泣いていた。母の目の前には広げられた手紙があった。側に立っていた女中のアグネスが帰ってきたジョージに気づき、ジョージのほうに歩み寄るとジョージを抱きしめた。母は顔を上げた。
「ジョージ、おめでとう。あなたは小公子(リトル・ロード)になったのよ。私は結婚しているからあなたと一緒にイングランドに行くことはできません。だから妹のメイが私に替わって坊ちゃんのお世話をすることになります。私はここで坊ちゃんの幸福をいつでも心からお祈りします。」こう言ってアグネスはジョージを放すと涙を拭った。ジョージには小公子(リトル・ロード)なるものが何なのかわからなかった。母は立ち上がって涙を拭うとジョージに言った。
「明日から学校に行かなくてもいいのよ。小公子(リトル・ロード)になるための準備があるから。明日は先生にお別れのご挨拶をしに学校にいきましょうね。」


ジョージは学校での成績は入学した時からいつでも一番だったが、最近、「びっこ」あるいは「ちんば」と言って自分をからかう子供を喧嘩でぎゅうの音も出ないほど痛めつけ、昨年の夏に覚えた泳ぎにこの夏にはもっと磨きをかけて他の子供たちを抜きん出てやろうと考えていたところだったので、今いる学校を止めたくはなかった。
「もう、ずっと学校に行かないの。」とジョージが母に尋ねると、母は「いいえ、お引越ししたら、もっといい学校に行くのよ。あなたのことを『びっこ』と言ってからかうような悪い子供のいない学校にね。」
翌日、ジョージは母に連れられて学校に行った。校長に向かって母が何かを説明すると校長はジョージをじろりと睨んでこう言った。
「この子が小公子(リトル・ロード)にねえ。」


家に戻ると母はトランクにジョージの服をつめ始めた。自分の服もトランクにつめた。洋服箪笥の中から刺繍のあるきらびやかな服を取り出し、母はため息をつきながらそれを胸に当てた。そして、その服を丁寧にたたむとトランクの脇に置いた。ジョージは遊びに行ってもいいかと母に尋ねたが、母は「家で遊びなさい。」と言った。大きな男たちが香水屋の二階にあるジョージと母の部屋に出入りし、家具などを次々と運び出していった。ジョージはしかたなく、好きだった安楽椅子がなくなった後の床に寝そべって本を読んだ。

 

家の中の家具は日に日に減っていった。ジョージが「小公子(リトル・ロード)になった。」とアグネスに言われてから一週間立つと、家の中にはベッドと食卓以外にはほとんど何も残っていなかった。ジョージが好きだった物語の本も消えうせ、聖書だけが残された。
「明日、ベッドと食卓を取りに人が来ます。そしたら別の家に引越します。」と母が言った。
翌日、母が言ったとおりに数人の男が家を訪れ、ジョージが物心ついてから母と一緒に住んでいた家には本当に空になった。ジョージは母に連れられ、家の外で待っていたアグネスと一緒に馬車に乗り込んだ。聖書を抱えているジョージを見てアグネスが言った。
「信心深い子だこと。」
ジョージが聖書を抱えているのは信心深いからではなく、これが唯一残された本だったからだった。ジョージは八歳の時に、教会の牧師が演壇の上で広げて説教の元にする聖書には数知れない冒険物語や不思議な物語が隠されているということを発見した。なぜ、牧師がそのような面白い話をせず、教訓の材料としてしか聖書に触れないのか、ジョージにはその理由がわからなかった。牧師は本が読めないみじめな人々に対して面白い話を隠しているのではないかとさえジョージは思っていた。ジョージは母やアグネスが聖書に触れる時の態度から、母やアグネスは聖書をまじないの道具だと思っているのではないかと思った。ジョージにとって、聖書は空想の材料がつまっている宝の箱だった。
ジョージと母とアグネスが乗った馬車は見慣れたアバディーンcii[1]の街中を通り抜け、いつしか街外れに来ていた。三人はそこで馬車を降りた。
「さあ、ここが私たちがこれからしばらくの間、住む場所です。」と母が言って指差したその場所
はジョージが街中で一度も見たことのないようなみすぼらしい小屋だった。母が入り口の扉を押す
と扉はきしんだ音を立てて開いた。
「ここにはテーブルもベッドもないのよ。今日からしばらくの間、私たちは藁布団で寝ます。」と母がジョージに言った。そして母はアグネスに向かって言った。
「もうしばらくの間だけだけれど、ジョージをよろしくね。私はまだ訪ねないといけないところがいっぱいあります。このままでは旅立つことはできません。」
「ええ、坊ちゃんとお別れするのはつらいですが、坊ちゃんのためです。最後だと思って一生懸命お仕えします。」とアグネスは答えた。
ジョージには母とアグネスとの会話の意味がわからなかった。「小公子(リトル・ロード)になった。」と言われてなぜ、学校を止めてこのようなみすぼらしい小屋で過ごすことになったのかもわからなかった。
小公子(リトル・ロード)の意味さえ、それが良いものなのか、良くないものなのかもわからなかった。
その夜、母はトランクを二つ重ねた仮ごしらえの書き物机の上で、蝋燭の明かりを便りに手紙を書いた。五通は書いただろうとジョージは思った。藁布団から漂うほのかな匂いは心地よかったが、ちくちくする感触にすぐには慣れることができず、ジョージはとうとう母が最後の手紙に封をし、部屋の反対側の藁布団に横になるまで薄目を開けて母を見つめ続けた。(続く)

【映画ルーム(170) プリティ・ウーマン(1990) 〜 現代のシンデレラストーリー 7点】

【映画ルーム(170) プリティ・ウーマン(1990) 〜 現代のシンデレラストーリー 7点】 平均点:6.46 / 10点(Review 239人)  1990年【米】 上映時間:119分

 

クレジット(配役と製作者)などについては次のURLをご覧ください。

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=297

 

このブログの内容全ての著作権はかわまりに帰属し、映画タイトルの次、"〜"のすぐ後ろのキャッチコピー、【独り言】と【参考】を除く部分の版権はjtnews.jp に帰属します。

 

【あらすじ】

ロスのハリウッド大通りをねじろにするフッカー(売春婦)のビビアン(ジュリア・ロバーツ)はある日、アメリカ東部から来たビジネスマンのエドワード(リチャード・ギア)と出会い、滞在中の豪華ホテルに同行する。離婚したばかりのエドワードが寂しさを紛らわせるために翌日からビビアンに要求したのはエリートの相手としてふさわしい格好を装い、オペラなどの社交場につきあうことだった。行動を共にするうちにエドワードは無邪気で健康的なビビアンに惹かれ、ビビアンはかなわぬ恋とは知りつつエドワードに惹かれるようになる。

 

【かわまりのレビュー】

アメリカ東部、ニューヨークかフィラデルフィアあたりから来た紳士とロスのハリウッド近辺をうろつく夢見がちな若い女性の組み合わせとくればアメリカ人が大好きなおとぎ話の一つのパターンです。この映画がヒットしてからしばらくの間、ロスのこの界隈では「プリティー・ウーマンに憧れるのはやめましょう・・・。」が全米からやってきた家出少年少女に向かって言うソーシャル・ワーカーのきまり文句になったそうです。リチャード・ギア仏教徒だそうですが、そのせいか、作品中では無表情で慈悲深い仏様に見えてしまいました。

 

10 点の人のレビュー(抄)

1. ジュリア・ロバーツ出世作だけあって面白い。ジョークあり人間ドラマありハッピーエンドありとハリウッドの娯楽要素満載。女性をエスコートするのも金次第(苦笑)!?【HILO】さん [映画館(字幕)] 10点(2005-11-12 20:26:05)
2.シンデレラストーリー現代版ですからね。作品について現実的に考える必要など全くないですね。映像とあらすじをそのまんま受け取ればよいのが、ラブコメです。この作品でジュリアは大スターになりました。ジュリアが一番輝いている作品ですから、ジュリアを観る作品です。イキがよくってゴージャスでちょっと下品なヴィヴィアン役はジュリアの魅力が全開だ。ギアにはハッキリいってアカ抜けたスマートさはないが、それ故なのか財力、権力はあっても愛のない男エドワードとして、ジュリアのエスコート役がハマっていると思う。ホテルの支配人ヘクター・エリゾンドもいい。かならずハッピーエンドを迎えるラブコメは安心して成り行きを楽しめるのがよいです。単純に楽しい、ひと時の夢を見させてくれるのがラブコメですね。【envy】さん [ビデオ(字幕)] 10点

3. これは主人と高校生のとき見に行ったのを再び見た。何度見ても良い作品だなあーーー!!と思う。「ちゃんとした」女の子はきっかけ次第でたちなおる、という話。その「ちゃんとして」いるかどうかのちがいは、人間としての誇りをもっているかどうかなんだけど、それがこの作品をみると具体的にどういうことか良くわかる。この役はジュリアロバーツ以外には考えられない。ほかの女優がやってもいやみになるか、非現実的になってしまうから。ええい!10点満点!!もってけドロボー!!
【ちずぺ】さん 10点

4. 何回も見た。オペラを見に行くシーンとか良かった。夢のような話だけど。リチャードがクールでいいねえ。今よりめっちゃ若いし。ジュリアロバーツも大きな口が魅力的。ホテルの支配人もいい味出してるよね。プリティブライドにも出てたし。とにかくよかった。【mamik】さん 10点

【↑かわまりの口出し】

オペラを見に行くシーンとはコーポレートジェットに乗って太平洋の彼方に沈む夕陽を望みながらビジネス都市のロスを立って日没後の文化都市のサンフランシスコに到着して始まるんですよ〜〜ん。

 

低い点数を付けた方のレビュー

1. 非常に分かりやすいストーリーなので難しく見ないで良い。キャストも美男美女。オシャレでスマートな演出。ミーハーな人には楽しめる映画だと思います。僕のなかでは唯一の0点。

【おはようジングル】さん 0点(2003-12-05 17:18:43)
2.よく婦人団体が怒ってこなかったな・・・というのが見終わった後の感想でした。
【きよみ】さん 0点(2002-12-08 21:17:54)
3.自分には売春婦が今の貧乏生活から抜け出すためにあほな年上の金持ちを利用しているようにしか見えず、最後も感動するどころかしらけただけ。あの後別れたとしたら、落ち込むのは男のほうで女のほうはいい夢をみさせてもらったとか言ってたいして落ちこまないと思う。【JiBi】さん 0点(2002-10-13 15:04:21)

4.  あまり面白くない。ってゆーか、何度もみようとしてるんだけど、必ずどっかで寝ちゃう。【うさぽん☆】さん 1点(2003-05-28 01:14:30)
5.女の子がこの映画を見て、憧れるのは分かる。でも、この映画を見て怒る女の子も、もっといて欲しい。自分の知らない世界を垣間見た女性が、違う道を行こうとするところには好感を抱くが、男が迎えに来たらその決心はどこへやら、抱き合ってぶちゅー。女性はもっと強くあって欲しい。【イカリングフライ】さん 1点(2003-04-28 19:42:09)
6.ま、いい映画なんじゃないスか?ジュリア・ロバーツが好きな人にとっては。【トリスタン】さん 1点(2001-11-11 01:27:3

 

低い点数でもあまり辛口ではないような…。わたし的にちょっと気になったのはエドワードがしょっちゅう「ダン(Done =それでいい)」という言葉を口にすることです。これは金融界のトレーディングフロアで一口数百万ドルの単位で株や債券や外貨を売買するトレーダーが口にする言葉でエドワードほどの年齢(40代前半?)までにはひと財産築いて引退するのが普通なんですけれどね。アメリ東海岸の王子様風中年の入り口人種って株や不動産などを所有して左うちわで暮らしていて「ダン(Done)」なんて言葉はとっくの昔に卒業しているか最初から使わないんじゃないのかな?

 

【映画ルーム(169) 王妃の紋章(2006) 〜 オリンピック級演出の時代劇…でも中身は? 6点】

【映画ルーム(169) 王妃の紋章(2006) 〜 オリンピック級演出の時代劇…でも中身は? 6点】 平均点:5.62 / 10点(Review 13人)    2006年【中・香】 上映時間:114分  

クレジット(配役と製作者)などについては次のURLをご覧ください。

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?SELECT=23470&TITLE_NO=524#HIT

 

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【あらすじ】

中国唐末期。皇帝の妃は唐に統合された隣国の皇女だった。皇帝との間には二人の王子がいたが、皇太子は前皇后の子である。故国再興と自分の子による唐の支配を夢見る病気がちの現皇后は故国の残党と通じ、呪いをこめて震える手で故国の紋章の菊の花の刺繍を続ける。皇后が恐れるのは知恵者の医者と拳法に通じるその妻だけだった。だが、長年愛人関係を結んで手なづけてきた皇太子がこともあろうに医者の娘と密会している場面に遭遇し、皇后は終に決意する。時はちょうど、家族の絆を再確認するという重陽(菊)の節句の直前だった。

 

【かわまりのレビュー】

セットの豪華なことは一目みれば誰にでもわかります。チャン・イーモウ監督のスクリーン美学が如何なく発揮された作品です。でも、「紅夢」や「菊豆」にあったようなおどろおどろしさとか、人間の本質に迫ったり中国の家族制度を暗に批判したりする哲学性はいったいどこに行ったのでしょうか?中国の経済が豊かになって、監督自身も国際的に有名になって、大掛かりなセットや華やかな衣装をまとったエクストラに出資してくれるようなスポンサーができたからといって、資金不足だったころのハングリー精神や表現欲を忘れないでほしいです。皇帝の風格や個性を出していた三王子の演技は満点。皇后役のコン・リーの演技も満点近いのですが、私の趣味としては若い皇太子とのどろどろした愛欲におぼれるのは「サンセット大通り」の往年の大女優グロリア・スワンソンみたいな、皺だらけの顔を厚化粧で塗りたくるオバサンであってほしかったです。そうすればもう少し哲学味が加味されたかもしれません。えっ、文化大革命のせいで年長の世代からは主演が張れるような女優が育っていない・・・のかもしれません。

 

レビューを寄せた方はわたしを含めて13人しかいないので次のURLで全部ご覧ください。

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?SELECT=23470&TITLE_NO=524#HIT

概ねわたしのレビューと似通っています。面白いレビューをひとつだけコピペしておきます。

 

1. この時代の中国におっぱい文化があったとは思えなくて、もしこの作品がちゃんとした作品だったなら時代考証がどうたらと酷評しようかと思ってたけど、余りにもちゃんとしてない作品だったので、それくらいのサービスがないと見てられないって思えるようになりました。とりあえずチャイニーズ・ジョークかと思えるほど無駄に人が多いです。かなり死にますけど、それでもまだ多い。

     人海戦術で壮大な物語のような様相を繕っているけど、実際には家庭内のドロドロした痴話喧嘩。元を正せばいちばん悪いのは王妃だと思うけど、それに対して毒を盛るしかできない王も情けないし、誘惑に負けた長男もだらしない。唆されて反乱に組した次男も計画性がないし、中二病とでも言うのか切れ易い三男もどうしようもない。こんな他人迷惑な家族はさっさと消え去ってくれた方が世の中の為になるでしょう。

     まあ、でも、あれだけ強調されてしまっては仕方ないので、おっぱいに4点付けておきます。
【もとや】さん [DVD(吹替)

 

【おまけ】

チャン・イーモウ監督の「紅夢」と「菊豆」は傑作とまではいかなくても秀作です。

 

【参考】

紅夢

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=804

菊豆

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=3305

【映画ルーム(168) グリーンマイル(1999) 〜 重い事実とファンタジーを混ぜちゃダメ! 3点】

【映画ルーム(168) グリーンマイル(1999) 〜 重い事実とファンタジーを混ぜちゃダメ! 3点】 平均点:6.29 / 10点(Review 626人)   1999年【米】 上映時間:188分

 

クレジット(配役と製作者)などについては次のURLをご覧ください。

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?SELECT=23470&TITLE_NO=524#HIT

 

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現時点までに【あらすじ】の投稿はありません。

 

【かわまりのレビュー】

死刑囚の話だというのでスーザン・サランドンショーン・ペン出演の「デッドマン・ウォーキング」と同じ系列の社会派の作品を期待してがっかりしました。死刑囚には超能力があるって言いたいのでしょうか?それとも同じ題材を使ってまともに映画を作ったらスーザン・サランドンショーン・ペンのコンビに勝てないからオカルト風にアレンジしてみただけ? コフィーに超能力(?)がなかったら冤罪だろうが見向きもしなかったくせに「冤罪の人の処刑に手を貸すのは嫌になったから看守を辞めた。」なんてお涙ものにもならないし、ましてや冤罪の人が電気椅子の露と消えるのは看守の責任ではなくて司法制度の責任です。問題意識を持った方は「12人の怒れる男」を見てください。ただし、トム・ハンクスは何を演じてもうまい。彼が出ているのでないればめちゃくちゃに悪い点をつけたところです。

 

10 点の人のコメント(抄)

1. 《ネタバレ》 自分の中でこれは面白さがハンパない。スティーブンキングで刑務所が舞台のものではだいぶ前にショーシャンクの空にという映画を1回だけ見たけど個人的にはそれよりも面白かった。布に包まれたコーンブレッドが忘れられない。僕がスティーブンキングの映画を好きになったきっかけの一つ。スティーブンキングの世界にある神秘的なものを最も見事に映像化している作品の一つ。余談だが二人の少女というとシャイニングを思い出す。

デビッドリンチもそうだけどスティーブンキングは日常にある霊的なものをとらえてそれを物語にしているような気がする。だからファンタジーでも人の心の奥にあるもののような気がする。パーシー役は凄い!よくもここまで憎ったらしい役を演じられるものだ。ぶっちゃけパーシーはこの拳でぶっ殺してやりたい。
それに比べるとビリーザキッドの入れ墨の男の方は問題児だけど陽気で全然憎ったらしくない。やったことの酷さを抜きにすると彼にはユーモアさえ感じる。個人的に、一期一会もそうだけどトムハンクスの役は吹き替えで見たほうが魅力が増す。彼のブロッコリーのようなキャラと吹き替えが見事に合っているからだ。本人が喋った英語のほうが深いけど、思ったよりも暗い印象だったから。・・・ネズミがいい!今まで見てきた映画に出てくる動物の中で断トツに可愛過ぎる。ジョンコーフィーの不思議さがまた良い。無実どころか最も心の優しいコーフィーを救うことのできなかったことに心の痛さを感じる。おぞましいシーンや憎ったらしいシーンもあるけれど、人の心の痛みや優しさを教えてくれるこの映画は最高のヒューマン映画であり、いってしまえばスピリチュアル映画だ。

(中略)

子供のころ3回くらい見て強い印象が残っていたが、映画をたくさん観賞するようになってからは初めて観た。今「好きな映画は?」と聞かれれば間違いなくこの作品を挙げる。それくらい自分の中では断トツな映画だ。【ゴシックヘッド】さん [DVD(吹替)] 10点

【かわまりの独り言】「トム・ハンクスのブロッコリのような役柄」でワロタ。「ショーシャンク」はわたしには合いませんでした。おぞましいシーンはごめん。

2. 《ネタバレ》 泣きました。大男の死刑囚と看守の悲しく不思議な物語です。男の不思議な能力で自分を生き返らせることはできなかったのかなぁ。最後に無罪と分かったのに大男が死刑になるところは凄く悲しかったです。無罪なのに死刑なんて・・・。心の優しい大男に惹かれました。パーシーはどこにでもいるような嫌な奴でした。今は小説借りて読んでいます。【スマイル】さん 10点

3. もうすっごい泣きました!ラスト何十分ずっと泣きっぱなしでした。
すごく悲しい話だけど、何か考えさせられた。途中からちょと現実離れした話になっちゃったけどそんなの関係ない位良いストーリーでした。今まで見た映画の中で一番好きな映画です【☆ピーチ☆】さん 10点

4. 《ネタバレ》 意地悪な看守さんに殺された罪の無いネズミを蘇らせたコーフィーの力のすごさに涙が出た。また、コーフィーの心の純粋さに感動した。コーフィーが刑務所の所長さんの奥さんから吸い取った病気の種を意地悪な看守さんに移してしまうシーンがあった。そのあと、その意地悪な看守さんは本当の真犯人を銃殺してしまった。ネズミを殺した上に、その飼い主である囚人さんに対して、電気椅子にかけるまえに頭を濡らさなかったという意地悪な処刑をしたのだから、当然の罰を受けたのだ。一番涙したシーンがある。小さい少女二人を殺した真犯人がコーフィーではなくて、別の牢屋に入っている人だとわかったのに、コーフィーを電気椅子で処刑してしまうことだった・・・。でも、コーフィーはそれを望んでいた・・・・・。処刑するまえに黒い布だけは被せないでとコーフィーが頼んだので、優しい看守さんはそうしてあげた。人一倍純粋なコーフィーだから、真っ暗なのはいやなのかもしれない。コーフィーは死んでしまっても、その優しい心は優しい看守さんの中に生き続ける。【哀しみの王】さん 10点

5. 「S.キング原作作品」という肩書きは、もう1つのブランドかもしれません。しかしこのブランド作品に失敗作が多いと言われるのは、エンターテイメント性を意識した結果、原作の言いたいテーマが描ききれない作品になってしまうからだと思います。元々キング小説の恐怖とは、内面的なものやささいな日常からくるものだったりします。そういった恐怖をどうしても「派手さ」や「衝撃」を必要とする「映画」に取り入れるのは至難の業であると言っても過言ではない。でも私は今まで観た「キング作品」の中で、この映画が1番好きです。原作と比べて、全くズレがない。ストーリー、登場人物、建物、雰囲気、ついには射のあたり方までも原作のまま。まさに「実写版グリーンマイル」です。「いくらか感動した」とかそういうのはナシでも、これだけで高得点なのです。キング小説ファンはこんな映画を待っていたのです。原作が、珍しく非現実的な要素を含んでいたこともこの映画の成功をもたらした要因かもしれませんが、結論は、ここまで忠実に原作を実写した「キング作品」はなかなか出てこないだろうということです。
「キング作品は駄作が多い」と憂うキング小説ファンには、ぜひ観て貰いたい作品です。感動と、そして何より長年待ちわびていた“安堵感”を覚えるでしょうから。【plala*】さん [映画館(字幕)] 10点

 

全て見たい方は下URLでどうぞ

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?POINT=11&TITLE_NO=5241.

 

1点をつけた方のレビューも3人分だけ載せておきます。

1. 無駄に長い。大儀そうにしていますが、中身はからっぽ。空虚かつ不愉快極まりない映画です。最後まで席をたたず耐え忍び、完全鑑賞した自分をほめてあげたい。にしても映画館から出た後、私を見る怯えた彼(今の旦那)の目が忘れられません・・・3時間もの間怒りに震えていた私、いったいどんな形相だったのでしょう??おぞましい限りです。0点としたいところですが、役者の演技が救いということで1点です。【タマクロ】さん [映画館(字幕)] 1点(2005-10-28 14:17:43)
2.私、この映画大嫌いなのです。人やネズミの命を助けられる人が何故、電気椅子如きで死んでしまうのか・・・ファンタジーと言いながらも、かなり“グロイ”演出、特にデルの処刑シーンは見るのも嫌だ、二度と見ないと言いつつこれが3回目の鑑賞、今回は改めて嫌な映画である事を認識するために見てしまった。多分もう見ないです。【みんてん】さん [DVD(字幕)] 1点(2005-10-27 23:10:45)
3.意味が分からない。あのでかいのがキリストの生まれ変わりなら焼き殺した看守をいい人間に立ちなおらせるのが務めじゃないの?結局勧善懲悪でうわべだけきれいなストーリーにして万人受けを狙ったのがバレバレ。ショーシャンクやスタンドバイミーなどである意味信頼していたスティーブンキングの才能を疑うきっかけになった映画。【この道を行けばどうなるものか】さん [映画館(字幕)] 1点

【映画ルーム(167) 市民ケーン(1941) 〜 若き天才映画監督のワケわかめ野心作 ?点】

【映画ルーム(167) 市民ケーン(1941) 〜 若き天才映画監督のワケわかめ野心作 ?点】平均点:6.99 / 10点(Review 194人)  1941年【米】 上映時間:119分

 

クレジット(配役と製作者)などについては次のURLをご覧ください。

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=449

 

このブログの内容全ての著作権はかわまりに帰属し、映画タイトルの次、"〜"のすぐ後ろのキャッチコピー、【独り言】と【参考】を除く部分の版権はjtnews.jp に帰属します。

 

【あらすじ】

「薔薇の蕾…」謎の言葉を最後にこの世を去ったケーンは、一時は大統領候補にまで登りつめながら、晩年は孤独だった大富豪である。この言葉の意味を突き止めるよう命じられた記者がケーンの関係者たちを訪ねるが…。謎の言葉の意味は映画の最後に、観客である貴方だけに知らされます。そして貴方は人生と人間にとって大切なものへ思いを馳せることでしょう。【元】さん

 

現在、【元】さんのページにはレビューは3作しか収められていません。「みんなのシネマレビュー (

jtnews.jp)」を退会なさったのでしょうか。というわけであらすじ執筆者のページにリンクは貼りません。

 

【かわまりがわけがわからずに書いたレビュー(この時は9点】

つい最近デカプリオ主演でハワード・ヒューズの人生が「アビエーター」として製作されましたが、アメリカン・ドリームという言葉まで作りながら、その中身、あるいは人生の意味に鋭く問いかけるアメリカの映画界全体、そしてこの映画を優れたアメリカ映画ナンバー・ワンに指名し続けてきたアメリカの映画ファンに脱帽します。監督・主演のウェルズが製作時にまだ20代半ばだったというから正に驚異的です。確かに「薔薇の蕾」の一言でもって作品全体をミステリー仕立にしようとしたのはちょっといきすぎだという気もしますが、内容が重厚なので高い点数を献上します。(この次はビル・ゲイツじゃないかな?)

 

10点の評価をつけた人のレビュー

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?POINT=11&TITLE_NO=1301

ついでに「こんなもんか」と思えるレビューをコピペしておきます。

1.《ネタバレ》 数々のオールタイムベストで1位を獲得し、歴史上最高の映画と評されることも多い。そんなハードルが超上がっている状態で鑑賞したのですが、噂に違わず最高の映画と心底思いました。数多の映画監督が本作に心酔しているのも頷けます。何故ならこの映画は無茶苦茶な映画テクニックの博覧会であるからです。具体的に言うと"長回し","クレーンショットでの極端なクローズアップ(からの引き)","パン・フォーカス","フィルムノワールの様な極端な光と影"等々。
"長回し"ではケーンケーン夫人、スーザン、ゲディズの四者がケーンのスキャンダルについて口論となるシーンが素晴らしい。非常に長い台詞の応酬が延々と続くのに全然カットは切り替わらない。だから観ていて居心地が悪く、緊張感がある。カットが切り替わらないから観客が一息つく暇がないからです。
"クローズアップ"ではスーザンが歌っている劇場の撮影が矢張り白眉でしょう。劇場の看板からカメラが看板の隙を通り抜けて劇場の天井にまで達し中を覗き込む。クレーンを使った驚異的なクローズアップです。
"パン・フォーカス"ではケーンが劇批評を書くリーランドの部屋に乗り込む場面。ケーンがカメラの前から画面の非常に奥に写っている部屋の扉を開けるまでをパン・フォーカスで撮っている。観客は自身でケーンの姿を追うことになる。カメラがスライドするわけでは無い。
そして"光と影の使い方"。画面を光で斜めに切り取ってみたり、顔を執拗に影で隠したり、ハッキリ言って無茶苦茶な影の使い方。それが狂言回しの記者の顔を隠し、ケーンの人生を追う記者は観客自身であると考えさせるためという演出に上手く繋がっている点も素晴らしい。
それらのテクニックは実に的確な分量で盛り込まれており、完全に物語と調和している。最後まで孤独の人だったケーンの人生を記者の取材形式でリアルに見せていることも特筆に値します。驚く程に見事な作品だったと評価するしかありません。【民朗】さん [DVD(字幕)] 10点

2. つまらなかったです。ただ、よく言われてることですが、これは映画の教科書と言えます。だから10点です。つまらなかったですけど。さまざまな撮影技法や演出が効果的に、ふんだんに盛り込まれています。だから10点です。つまらなかったですけど。この映画を見れば、映画の楽しみ方の幅が広がると思います。だから10点です。つまらなかったですけど。内容や面白いかどうかは抜きにして、映像表現が優れた映画は高く評価したいと個人的には思っています。だから10点です。つまらなかったですけど。受け売りで言っているのではありません。そういう映画だからそうとしか言いようがないのです。だから10点です。つまらなかったですけど。 【エウロパ】さん [DVD(字幕)] 10点

 

平均点近くかつ最頻出点の7点をつけた方のレビューも上の10 点の方によく似ていました。代表としてお一人だけ載せておきます。

 

3. 《ネタバレ》 世界のすべてを手に入れ、そしてそのすべてを失った男の一生。
でも、本当は、“そり”で遊んだあの雪の日から、彼は何も得ていなかった。
時と共に益々深まる喪失感を、ありとあらゆる欲望で埋め尽くそうとする日々を妄信的に過ごした男の悲しい生涯。
主人公が残した「薔薇のつぼみ」という謎めいた一言が持つ真意を、彼の人生を追想するようにこの映画は綴られるが、結局、そんな真意など意味は無いという結論で、物語は締められる(※真意が判明しないという意味ではない)。
その映画の結末も、あまりに冷ややかで、シビアだ。
 
パンフォーカスの活用方法、ストーリーテリングの“斬新さ”など、映画表現としての発明の数々は、この古い映画を違和感無く観られていることに気づいた時にこそハッとさせられる。
その革新的な映画表現を駆使した絶大なる監督力のみならず、類まれな主人公の生涯を自分自身で演じきってもいる若きオーソン・ウェルズの映画人としての「才気」は、チャールズ・フォスター・ケーンという映画上のキャラクターを超えて溢れ出ているようだった。
 
人間の普遍的な孤独を描ききった類まれなる映画作品であり、その映画史的な価値の高さを否定する余地は全くない。ただ、ひたすらに眠かったけどね。【鉄腕麗人】さん [インターネット(字幕)] 7点

 

【恥ずかしながらのかわまりによるあらすじ】

「薔薇の蕾」という謎の言葉を残して死んだ新聞王チャールズ・ケーンアメリカン・ドリームを体現したかのような彼の私生活をめぐり、新聞記者がケーンを知る人の間を奔走する。大統領の姪だったケーンの最初の妻はで彼の政治的野心の助けになるはずだったが、ケーンは歌が好きな女性スーザンと恋に落ちて政治を断念する。妻と息子が事故死した後、ケーンはスーザンと再婚し、彼女をオペラ歌手にするために私財を投じるが、金では変えることができない現実に直面する。ケーンにとって富とは、愛とは、成功とは一体何だったのか?.  (2008-04-05)