かわまりの映画評と創作

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【読書ルーム(99) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜 波濤を超えて 2/3 】

 

【あらすじ】

学問的な探究心と理論の実証に明け暮れるフェルミやシラードとは異なり、マンハッタン計画の基礎研究の統括を任された物理学者でノーベル賞受賞者のアーサー・コンプトンとマンハッタン計画の一部ではないがレーダー開発に従事していたその兄のカール・コンプトンは厳格な宗教家の家庭に生まれただけあって自らが追求しようとしている科学技術の目的を真剣に考える性癖が身についていた。ナチスドイツによる残虐なユダヤ人迫害と宗教的祭日が相次ぐ年の瀬の機会を捉えてのユダヤ教を始めとしての全世界の宗教家の平和の訴えと祈りを受けてもどかしい思いを抱きながらコンプトンは人類初の核分裂の制御実験の日を迎える。

 

【本文】

コンプトンはフェルミの意図とマンハッタン計画に携わるグローブスや政府関係者の思惑の双方を深く理解していた。これから開発に向けての大きな一歩が踏み出されようとしている原子力が平和なエネルギー源としてのみ用いられるのならば、マサチューセッツ工科大学で敵の動きを察知するためのレーダーの開発に携わっている兄のカール・コンプトンが宗旨にそむいていないのと同様、原子力開発の基礎研究の指揮を取っているコンプトンは厳格なメノー派新教徒で非戦論者である両親の教えにいささかも逆らわずに済むのである

 

クリスマスに先立ち、ユダヤ教徒、とりわけユダヤ人の子供たちが最も心待ちにするハヌカが目前に迫っていたが、中東パレスチナのラビ(ユダヤ教の聖職者)は自由世界に居住する全てのユダヤ人に対してハヌカの前日にはそれぞれが一家を挙げてナチス・ドイツの暴虐によって命を奪われた推定二百万人に上るユダヤ人の冥福とナチス・ドイツの脅威に曝されている五百万人以上のユダヤ人の安全を祈るよう要請していた。キリスト教徒の家庭に生まれたコンプトンも宗教の違いを超えてパレスチナのラビの要請に心から賛同していた。しかし世界情勢を鑑みた時、祈りで全てが解決するのならば原子力開発の二重の目的を知る自分には悩む必要は何もないとコンプトンは思ったであろう。


マンハッタン計画に参加し、守秘義務に同意している四十名余りの科学者たちはシカゴ大学の屋内運動場しつらえられた、フェルミらの手によって十一月の始めから昼夜を顧みない労力を費やして積み上げられた、ウラニウム塊と炭素棒からなる実験用の簡易原子炉の前に集まって原子炉の構造に関する説明を受け、実験が開始されることになった。

 

居並ぶ物理学者の同僚やマンハッタン計画への参加者を背後にし、制御室となった屋内運動場の二階の観戦用バルコニーで計器類などの最終チェックを済ませて実験開始を告げようとするフェルミは正に未知の海洋に乗り出す提督だった。万が一、反応が過熱した場合に備え、屋内運動場の屋根からはカドミウム液状化合物が入った容器が滑車によって吊り下げられ、斧を手にした助手が容器を吊るす、一端が床に固定されている縄をいつでも切って落とせるように待機していた。午前十時近くにフェルミが掛け声をかけ、一人の助手が中性子線の照射を開始し、別の助手が炭素棒とウラニウムからなる原子炉からカドミウムの制御棒を遠隔操作によって次々と取り去った。放射線の存在を示すガイガー計数管が発する機械音が頻繁になったが、十一時を過ぎると計数管やその他の計器類が示す核分裂の進行状況が鈍り、十一時半には終に進行が止まってしまった。招待された科学者たちの怪訝な顔をよそに、フェルミ核分裂の進行を止める制御棒が置かれた位置がウラニウムと黒炭からなる炉に近すぎて中性子を吸収してしまったからだと説明した。安全装置としての制御棒の必要性を考慮しなければならないほどの規模でこの実験が行われるのはアメリカ到着以来のフェルミの仕事の上だけではなく。人類史上でも始めてのことだった。フェルミは助手たちに核分裂の進行中は制御棒を原子炉からもっと離れた位置に配置するよう指示し、科学者たちは昼食後の午後二時に再び集まることになった。

(続く)

 

【参考】

アーサー・コンプトン (ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%B3?wprov=sfti1

 

カール・コンプトン (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%B3?wprov=sfti1

 

メノー派新教徒 または メノナイト (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%8E%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88?wprov=sfti1