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【読書ルーム(116)  プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第5章  マンハッタン計画 (下) 〜 原爆投下前の科学者トップら】

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【あらすじ】

ドイツの降伏後、当初の目的だった対ドイツの武力行使の手段だった原子爆弾の使用が不要になり、この新型の兵器の使用法を決定するために軍事専門家と四人の科学者、オッペンハイマー、コンプトン、フェルミ、ローレンスが招聘された。これほどの少人数であっても参加者各人の意見の統一は困難だった。

 

【本文】

一九四五年五月始め、軍事省長官のスティムソンは開発途上にある原子爆弾の使用目的について協議するために七人の軍事関係者からなる小委員会を設置し、ドイツ降伏の二日後にスティムソンの事務所で初会合が開かれたが、この席上で軍事関係者のみならず科学者の代表の意見も決定に反映させることが決まり、オッペンハイマー、コンプトン、フェルミ、ローレンスの四人が科学者の代表として指名された。軍事小委員会は原子爆弾の使用目的と並んで戦争終了後の原子力、とりわけ核兵器開発のありかたに関する四人の科学者の意見を期待した。科学者小委員会と軍事小委員会の初顔合わせは五月三十一日に行われた。


会合の合間、昼食の最中にオッペンハイマーが委員会の直裁な目的を逸脱した意見を発した。
「恒星が水素をヘリウムに変えながら燃えつづけるメカニズムに倣えば、ウラニウム爆弾やプルトニウム爆弾の比ではない、TNT火薬数百万トンから数千万トン分に相当するエネルギーが得られます。」
この研究テーマはコーネル大学からプロジェクトに出向中のハンス・ベーテが解明しつつあった太陽などの恒星の内部メカニズムの応用であり、オッペンハイマーは戦争終了後の原子力開発に関する議論の誘い水にしようとこの話題を持ち出したのであるが、オッペンハイマーの発言に続いてローレンスが原子力開発体制を一層拡充させるべきであると熱心に語り始めた。ローレンスの念頭には来るべき社会主義陣営と資本主義陣営の対決があった。しかし、オッペンハイマーはローレンスのこの考えを退けた。
「今の原子力開発の状況は異常です。戦争が終わったら政府が今の規模で原子力開発に予算をつぎ込むことはできないでしょう。だから、戦争終了後にはわれわれの一切の科学知識を学問の自由の原則に従って公開し、われわれが軍国主義の狂気撲滅以外の目的で原子爆弾を使用したりはしないということを世界中に知らせるべきです。」

このオッペンハイマーの意見を、意見を発した本人以上に強く支持した者が軍事小委員会の中にいた。軍事小委員会の委員の一人であるジョージ・マーシャル将軍はニュー・メキシコ州アラモゴルドで予定されている原子爆弾の爆発実験にソビエトの科学者を招待すべきだと言った。


原子爆弾の威力を見せつけることが戦争終結と平和をもたらすというマーシャルの意見に引き続いて、ローレンスが「非戦闘員が居住する日本国内に原子爆弾を落とすべきではない。」と述べた。しかし、ローレンスの意見の後に続いた軍事省長官スティムソンの意見は悲観的だった。日本近海から離陸するB29が日々、非戦闘員が居住する日本の各都市を焼夷弾で次々と爆撃し、建造物が破壊され、多数の日本市民が死傷しながらも日本政府がまだ降伏の姿勢を見せないことにスティムソンは心を痛め、苛立っていた。
「日本のどこかの大都市にいまさら原子爆弾を落としたところで、日本人の非戦闘員の死傷者が一挙に何割か増えるだけじゃないのか。」とスティムソンは諦め顔で言った。

これに対してローレンスと軍事小委員会の何人かの委員は「そんなことはない。原子爆弾の威力を見れば日本はきっと降伏する。」と熱を込めて主張した。しかし、ローレンスが原子爆弾使用の最も効果的かつ道徳にかなった使用目的は示威であり、原子爆弾は日本本土の非戦闘員があまり居住していない地域か若しくは本土からほど遠くない島に通告付きで投下するべきだと主張して譲らなかったのに対して、コンプトンを含む幾人かは口々にこう述べた。
「場所と時間を通告して原子爆弾を投下したりしたら、日本政府は日本人を避難させてアメリカ人の戦争捕虜をそこに送り込むだろう。」
この意見に対してローレンスは返す言葉がなかった。

(続く)

 

【参考】

 ロバート・オッペンハイマー (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC?wprov=sfti1

 

アーサー・コンプトン (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%B3?wprov=sfti1

 

エンリコ・フェルミ(ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%9F?wprov=sfti1

 

アーネスト・ローレンス (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9?wprov=sfti1