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【読書ルーム(69) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【かわまりの読書ルーム『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜時は移る 3/8 】


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【本文】

シラードからアインシュタインの署名入りのルーズベルト大統領宛ての手紙を託されたアレキサダー・サックスが大統領に直接面会して手紙を渡す機会を得たのは手紙の日付から二ヶ月以上も後の十月十一日のことだった。元々、サックスは九月になったら大統領に手紙を渡すつもりでいた。しかし英仏の対独戦宣への対応など、外交問題で多忙を極めているにちがいない大統領の事情を推し測り、サックスは十月になるまでホワイトハウスに対して大統領への面会を要請するのを控えたのである。


十月十一日、サックスが大統領執務室に入ると、予期したとおり、大統領の机上には大統領がこれから閲覧しなければならない書類がうず高く積み上げられていた。サックスは大統領の眼の前で手紙を開封すると大統領に向かってそれを朗読してみせた。しかし、大統領は表情を変えず、そればかりか、長い手紙が終わりの部分に差し掛かるまでにいらいらした表情を浮かべた。

「面白い内容だとは思うが、政府が何か手を貸すにはちょっと早すぎるような気がするね。」と手紙を読み終わったサックスに大統領は言った。サックスは落胆して大統領執務室を出ようとしたがその時、大統領はサックスを呼び止めるとこう言った。

「明日の朝、一緒に食事をしよう。」

 

その晩、ホワイト・ハウスからほど遠くないホテルに宿泊したサックスは一睡もすることができなかった。

「話に聞く狂気のヒトラー政権がシラードが言うとおりの恐ろしい大量破壊兵器を手にしたら、ロンドンやパリだけではなくアメリカの首都ワシントンDCの平穏や世界の金融の中心となりつつあるニューヨークの活気ある喧騒が一瞬のうちに阿鼻叫喚に変わる可能性もある。一ヶ月前まではドイツ国内のユダヤ人や共産主義者にだけ向けられていたナチスの狂気は今やポーランドに向けられ、そしてオランダやベルギー、フランス、イギリス、あるいは大西洋を隔てたアメリカにまで向けられるのはおそらく時間の問題だろう。」そう思っただけでサックスは自分が引き受けた責任の重さに押しつぶされそうになり、眠れないまま昼間の衣服を身に付けて二十四時間明かりの灯るホテルのロビーを徘徊したりホテルの外に出て冷たい秋の空気を吸ったりした。部屋に戻ったサックスが熱いシャワーを浴びている間に夜が明け、窓の外が白んできた。

 

サックスがホワイト・ハウスの大統領専用の食堂に入ると車椅子に座った大統領は一人でサックスを待ち受けていた。

「さあアレックス、何か言いたいことがあるんじゃないのかね。遠慮せずに言いなさい。」と大統領はサックスを促した。そこでサックスは蒸気船を考案したアメリカ人技師のフルトンがナポレオンに蒸気船の青写真を提示した時、もしもナポレオンがフルトンの意見を聞き入れてフランス海軍に蒸気船を導入していたら、世界の海における覇権をイギリスに譲ることはなかったかもしれない、と話した。大統領は黙って食事をしていたが、サックスが話し終わると言った。

「アレックス、君はドイツがわれわれをぶっとばすんじゃないかと心配してるんだろう。」そして大統領は給仕を呼ぶと何か言いつけた。食堂に戻ってきた給仕が手にしていたのはナポレオンが愛飲したのと同じ由緒ある銘柄のブランデーだった。大統領は二つのグラスにブランデーを注ぐと一つをサックスに勧め、自分のグラスを取って掲げた。その時サックスは自分の努力は決して無駄にはならないだろうと思った。

 

【参考】

ロバート・フルトン (ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3?wprov=sfti1