【読書ルーム(35) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】
【かわまりの読書ルーム『プロメテウス』第２章 新時代の錬金術師たち〜科学の教皇が旧大陸を去る. 2/8 】
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【本文】
すでに名をなしていたユダヤ人科学者アインシュタインに対するドイツ国家社会主義労働党、通称ナチスによる弾圧は一層過酷だった。ナチスの政府はアインシュタインの財産を差し押さえ、特別警察はアインシュタインが頻繁に滞在した山中の別荘を襲い、台所にあった料理包丁などを「国家転覆の目的で蓄えられた凶器」として押収し、アインシュタインとその妻を追放処分にした。前妻に対する慰謝料と子供の養育費としてすでにノーベル賞の賞金を全額手放していた五十四歳のアインシュタインとその妻は、わずかな身の回り品と一丁のバイオリン以外の資産を一切失い、天涯の風来坊に成り果てた。
アインシュタインにはしかしながら、相対性理論に関心を寄せる多くの知識人の友人やアインシュタインの人柄や平和を愛するその心情に魅せられた多くの人々の支援があった。アインシュタインとその妻はベルギー、そしてイギリスを歴訪してナチスの暴虐を訴え、その後、アインシュタインに研究場所を提供するアメリカ、ニュージャージー州のプリンストン大学を目指した。こうして理論物理学の重鎮、ニュートン以来の古典力学の体系に画期的な変革をもたらしたアルバート・アインシュタインはナチスに席巻されたドイツを去ってアメリカに渡った。
ナチスによって教職を追われた科学者はアインシュタインだけではなかった。数え切れないほどの優秀なユダヤ人の学者がドイツを去り、その多くは職を得たり親戚を頼ったりして大西洋のかなたの新興国アメリカに移り住んだのであるが、ドイツを去ったユダヤ人科学者の中に、第一次世界大戦中に毒ガスを合成することによって国家につくしたフリッツ・ハーバーが含まれていた。ノーベル賞受賞者であっても、あるいはユダヤ教からキリスト教へ改宗済みであっても、ハーバーはナチスによる迫害から逃れることはできなかった。そのハーバーに対しては世界対戦中にドイツと対立していた国からではなく中東パレスチナの大学から教授の職を勧める申し出があった。
四月、ベルリン大学の教授で量子力学の創設者として一九一八年にノーベル物理学賞を受賞したマックス・プランクがイタリアでの休暇から大学に戻ると、同じくベルリン大学の教授で自分と同年にノーベル化学賞を受賞したハーバーが大学を去る準備に追われていた。事の次第を知ったプランクは他の純粋ドイツ人（アーリア人）の教授らと同様に困り果てて頭を抱えた。
「ユダヤ人教授が担当していた授業は、研究者を目指す学生の指導は、研究途中だった重要課題は、共同研究は、一体どうなってしまうんだろう。」と事態がもたらす結果を憂慮するベルリン大学の教授会、あるいはドイツ国内に残る純粋ドイツ人（アーリア人）の教授たちを代表し、プランクはヒトラーに決定を取り消すよう陳情に行くことにした。
ヒトラーに面会するとプランクはユダヤ人学者追放がドイツの学会全体に及ぼす事の重大さを説明し、ユダヤ人教授が大学や研究機関を去らなくてもいいようにしてほしいと願い出た。しかし、ヒトラーはプランクに対して「ユダヤ人は全員共産主義者であり、その存在は国家に害を及ぼす。」等々、意味のない言葉を繰り返し、最後は年老いた大科学者プランクに向かって癇癪を爆発させ、プランクには全くなす術がなかった。ベルリン大学に残ったプランク、その弟子でアインシュタインの親友のフォン・ラウエ、アインシュタインの愛弟子とも言えるシュレジンガー、ライプチヒ大学のハイゼンベルク、そしてその他数知れない純粋ドイツ人（アーリア人）の大学教授たちは政府当局に対しては何食わぬ顔をして教育や研究に従事しながらも心情的にヒトラーを憎悪するようになった。
【参考】
ジェイムズ・フランク (ウィキペディア)
拙著「プロメテウス達よ〜原子力開発の物語」URL: https://www.amazon.co.jp/プロメテウス達よ-川上真理子-ebook/dp/B01G107PTG/ref=sr_1_3?__mk_ja_JP=カタカナ&keywords=川上真理子&qid=1564781407&s=digital-text&sr=1-3
