かわまりの映画評と創作

読書ルームではノンフィクションと歴史小説を掲載

【映画ルーム(140) 眺めのいい部屋 〜 新旧の鬩(せめ)ぎ合いというダイナミズム 7点】

【かわまりの映画ルーム(140) 眺めのいい部屋 〜 新旧の鬩(せめ)ぎ合いというダイナミズム 7点】 平均点:7.19 / 10点(Review 67人)  1986年【英】 上映時間:114分

クレジット(配役と製作者)などについては次のURLをご覧ください。 https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=237

 

このブログの内容全ての著作権はかわまりに帰属し、映画タイトルの次、"〜"のすぐ後ろのキャッチコピー、【独り言】と【参考】を除く部分の版権はjtnews.jp に帰属します。平均点とレビューワー数はアップロード時のものです。

 

【かわまりのレビュー】

この作品についての事前知識は、身分違いの恋愛を題材としている非常に美しい画面とBGMの作品だということでした。そして多くの方がやはり美しいメロドラマと理解していらっしゃるようですが、わたしは一見して「本当にそうなのかな・・・」と感じました。「身分違いの恋」として私がイメージしていたのは大概は破綻するのがオチの、深窓の令嬢が慣れない掃除や炊事・洗濯にいそしむ光景なのですが、ここで身分が下とされているジョージ・エマソンはイタリアだギリシアだと遊びまわれる身分で決して貧乏人ではなく、おそらくセシルよりも裕福な新興ブルジョアのようです。そして馬車と車の両方が使われている時代背景・・・。さらに想像するなら、経緯はまったく触れられず、いきなり婚約者となったセシルの人柄ではなく血統にルーシーは惚れていたようです。19世紀後半のビクトリア朝、イギリスが世界の工場にのしあがったこの時代、血統書つきの貴族は荘園を小作人に耕させて馬車で領内を見回るだけで優雅に暮らし、工場を経営して自動車を乗りまわす新興ブルジョアたちに「狭い英国、そんなに急いでどこに行く。」と軽蔑的な視線を浴びせていたようですが、ブルジョアたちは議会下院に選出され、イギリスを動かす政治権力も手中にしました。さらに、イギリスの歴史そのものがフランス出身のノルマンディー公がイングランドの王朝を創始したり、貧民出身のウェリントンがナポレオンを破って公爵になったりと、常に激動とは無縁ではありませんでした。ルーシーが巻頭で演奏するピアノ曲はエネルギーと躍動を体現したようなベートーベンのソナタ「ワルトシュタイン」、一方のセシルが好きなのはひ弱なロマンチストのシュ-ベルトの曲で、ジョージと仲のいいルーシーの弟の低俗な(?)ピアノの弾き語りにセシルが逃げ出すシーンも象徴的です。

 

10 点の人のレビュー

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?POINT=11&TITLE_NO=237

(かわまりの独り言) わたしが危惧(?)したロマンチックなシーンにメロメロといった感想ばかりで悪いけれど秀逸なレビューとわたしが評価できるものはありません。でもロマンチシズムを楽しむこともできるということで参考にしてください。

 

8点(最頻出点)の人のレビュー

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?POINT=9&TITLE_NO=237

(かわまりの独り言) 10 点満点のグループの方と異なる特徴は出演の俳優さんのキャラに言及していることです。でも登場人物の階級に言及している方は一人しかいらっしゃいません。ただし「中流階級のお話」というのは主人公のルーシーが結婚を決めた相手のジョージ・エマソン以外はハズレです。

 

お隣さん(わたしの前に投稿した人)のコメント

《ネタバレ》 眺めのいい部屋=満たされた人生、はあそうですか。良かったですね。
というような気の抜けたコメントしか残らないけどこんなことでいいのか。
もしかすると、もしかすると、もっと深いウラがあってしかるべきなんじゃないのか。
ルーシーは人生最大の失敗をしたのかもしれず、ああ~セシルと結婚しとけば良かったのにねえ、この5年後には可哀相な彼女は…てな噂話の途中で話が終わったようなこととかさ。
それでも一時「満たされれば」よくて、それが人生のヨロコビなのじゃ、ということを言いたいのでしょうか。イギリスの話なのに?
かわいそうなシャーロットと、もっとかわいそうなセシルは、所詮誰かの「脇役」として生きればいいじゃん、というような扱いなんですけど、そんなんズルいんじゃないでしょうか。
やっぱここで話が終わるのは脳天気に過ぎるよなあ。
セシルいいじゃないですか。もともとすっごく好きな相手じゃなければ、情熱が冷めたとき相手にうんざりするということが無くてすみます。それに彼のほうは誠実でルーシーのことを好きなわけですし。理想的な結婚相手だと思うけどなあ。だってどんな相手と結婚したって数年後には、夫婦の会話の大半は事務連絡とか事務折衝になるわけですから、なまじ情熱的になった相手となら、うんざりする度合いもUPします。生活はルーティンですが、情熱は違います。
そして、どうも作り手はあんまり主役二人に感情移入しているようには思われません。私の想像では、弟のフレディに自分を模しているのではないでしょうか。フレディばっかりいいとこどりされている気がします。
ところで私の頭の中ではヘレナ・ボナム=カーターといえば猿、というヒドいことになっているので、いくらなんでもイギリス文芸作品に出たのなら(そして猿顔だったとしても)そのあと猿を演じるべきではありませんでした。役は選ばなくては。【パブロン中毒】さん [CS・衛星(字幕)] 5点

 

【独り言】

ヘレナ・ボナム=カーターはわたしが好きな女優さんです。特に若い頃の童顔に隠された知性と意志が魅力的です。中年以降は少しカドが取れたかな? でも「ビッグ・フィッシュ」の魔女役で見る限り美しさだけは健全です。それから今回のアップの時に初めて主人公ルーシーの元の婚約者セシルを演じているのがリンカーンアカデミー賞主演男優賞を受賞したダニエル・デイ・ルイスだと知って「さすが名優って何にでも化けられるのね。」と思った次第です。この作品と「インドへの道」で結婚を控えた若い女性の心の揺らぎを通じて社会を描いた原作者ですが「インドへの道」の女主人公とは異なり、本作品でヘレナが演じるルーシーは自分に対してあくまでも正直で意志を貫きます。ルーシーはセシルと結婚した方が良かったという意見がありますが、果たしてイギリス人は同じ評価をするでしょうか? 特にセシル擁護の根拠がセシルの方が生活が安定しているからだとか裕福だとかだったらそれは前提が全く間違っていると思うのです。イギリスではジェーン・オースティンが執筆していたナポレオン時代から新興地主階級が台頭し、金を使って下院議員に当選して国政に参加する者から領地の生産性を上げたり領民の福利厚生に尽くして騎士階級に列せられてSirの称号を許される者も現れました。一方では十一世紀のノルマン征服以来の貴族階級であってもうかうかしていると社会経済の変化についていけず、領地や屋敷を切り売りしながら没落していったのです。十九世紀後半に長期にわたってイギリスに滞在しながらこのダイナミズムを理解せず、資本家による労働者と労働力の搾取が固定的なものだと思い込んだマルクスが代わりの社会の形を提示することもなく固定化した社会関係を破壊することを提唱したのが資本が未成熟な国々が採用した共産主義なのです。