かわまりの映画評と創作

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【映画ルーム(129) コッポラの胡蝶の夢 〜 東洋的な、あまりに東洋的な 8点】

【かわまりの映画ルーム(129) コッポラの胡蝶の夢 〜 東洋的な、あまりに東洋的な 8点】 平均点:6.80 / 10点(Review 10人)   2007年【米・独・伊・仏・ルーマニア】 上映時間:124分

クレジット(配役と製作者)などについては次のURLをご覧ください。https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=15939

 

【あらすじ】

一生を東洋の古典語の習得に捧げて言語の起源に迫ろうとして老境に達したドミニクは華やいだ経験がなかったことと人生の目的を果たせなかったことを後悔していたが、ある日街中で雷に打たれ、気づくと満身創痍で病院のベッドに横たわり記憶を部分的に失っていた。精神科医に思い出せる記憶内容の生年を告げたが、周囲の看護師は彼が告げた年齢の70歳を信じない。やがてドミニクは心身ともに37歳の研究者としてナチスの秘密警察に訳も分からずに追われながらも正常に生活するようになる。そして戦後のある日、山で昔の恋人に似た若い女性のヴェロニカと知り合う。遭難した彼女を洞窟の中で発見した時、彼女は「わたしは預言者の弟子だ。」とインド古語のサンスクリット語で口走っていた。ヴェロニカの理解者としてドミニクは彼女に密着して夢のような生活を始めるのだが。。。

 

【かわまりのレビュー】

《ネタバレ》邦題の「胡蝶の夢」というタイトルよりも「邯鄲の夢」と言うタイトルが相応しいと思える内容ですが、高校の漢文の授業を思い出してもらっては困るのでこのようにしたようです。と言っても正式な邦題も中国の古典である「壮子」、直接的には作品の最後の方でのドミニクと同僚らしい年配者との集いでの会話から来ています。老子と並ぶ道教の思想家である壮子は西欧の芸術家に多大な影響を与えました。わたしが知る限りではメキシコ人ノーベル賞詩人兼哲学者でスペイン語圏に俳句を導入したオクタヴィオ・パスが「胡蝶の夢」というタイトルの詩を書いていたはずです。監督のコッポラも壮子の胡蝶と邯鄲の故事の両方を知らなかったはずはありません。そして中国語の習得に励むドミニクが書いた最後の漢字は「未熟、無知」を表す「蒙」です。それはいいとして、中盤からドミニクがナチスの秘密警察に追われるようになった経緯はよく耳を傾けたのですがわかりませんでした。ストーリーはハンガリーの首都のブダペストで始まり。ドミニクは精神科医の助けで中立国スイスに逃げ、そこで戦後になってヴェロニカと出会うのだと思うのですが、間違っていたらごめんなさい。でも今回2度目となる鑑賞ではそれらはどうでもいいことだとわかっていました。ただ、東欧の良識ある人々にとって、特に第一次世界大戦終結までオーストリアと同じ君主を元首として戴いていた独立国のハンガリーにとって、1939年にオーストリアナチスドイツに無血併合されたことは悪夢のような出来事だったに違いなく、第二次世界大戦後そのままソビエト連邦の傘下に入ったこともまた然りだったということは記憶に留めないといけません。この作品が制作されたのはベルリンの壁が崩壊して9年後ですが、ナチスドイツとソ連支配下から脱することができた東欧の人々はこの頃ようやく自分の頬をつねっては「醒めない悪夢はないのね。」と呟き始めたのではないでしょうか? バルカン半島だけは1984年に自由ろ繁栄を謳歌する冬季オリンピックを主催した後で民族抗争の嵐に見舞われ、10年後のオリンピックの開会式で黙祷が捧げられたことを鮮明に記憶しています。醒めない悪夢がないなら醒めない甘い夢もないということなのでしょうか。。。これを書いている現在、わたしが住む街ニューヨークでは伝染病が猛威をふるい、第二次世界大戦後に国際平和の実現のために設立された国連の事務総長が(おそらく)ニューヨークから「人類の敵であるウイルスと戦うために世界中の全ての紛争を停止せよ!」という号令を発しました。戦争の脅威は死と破壊ですが、死と経済衰退という脅威を目下人類に与え続けている伝染病が「醒めない悪夢は本当にないんだね。」とみんなが思えるような形で収束し、全ての人類が地球に生まれて良かったと思えるような思い出とともに人生を全うできるといいです。

10 人しか投稿者がいないので「全員集合」です。クレジットなどと同じ上のページURLをご覧ください。

 

秀逸なコメント

1. 複雑で分かりにくい映画なのかな~、と思って観始めたが結構すんなると物語に入っていけた。
映像もキレイだし、進行はそれなりに分かりやすい。
でもコッポラが何を言いたかったかは難しい。結局全ては夢のようであり現実であり、そして絶対的な価値観は矛盾とともに実現することが出来ず...今はそういった解釈で捕らえたが、それもどうか分からない。思ったよりは面白いが、後味は微妙な作品。【simple】さん [CS・衛星(字幕)] 7点

2. 《ネタバレ》 一瞬リンチかっ?と思うような、時間や意識が混沌とした世界・・・「老い」とは?・・を中心に、時間、言語、哲学などさまざまな根本的テーマが絡んで、かなり大風呂敷にひろげられています。SFとかファンタジーとかくくれない感じで、今までにないものを追求し、創りだそうというアーティストとしての姿勢が、さすがコッポラと感じました。わかりにくいところもありますが、不思議が不思議のまま進んでいく感じは、幻想文学のようで嫌いじゃないです。浦島太朗的なラスト・・・しかし偽造パスポートはそこにありました。3つめの薔薇にはどんな意味がこめられているのでしょうか?【ETNA】さん [CS・衛星(字幕)] 7点

3. 《ネタバレ》 一風 一瞬リンチかっ?と思うような、時間や意識が混沌とした世界・・・「老い」とは?・・を中心に、時間、言語、哲学などさまざまな根本的テーマが絡んで、かなり大風呂敷にひろげられています。SFとかファンタジーとかくくれない感じで、今までにないものを追求し、創りだそうというアーティストとしての姿勢が、さすがコッポラと感じました。わかりにくいところもありますが、不思議が不思議のまま進んでいく感じは、幻想文学のようで嫌いじゃないです。浦島太朗的なラスト・・・しかし偽造パスポートはそこにありました。3つめの薔薇にはどんな意味がこめられているのでしょうか?【ETNA】さん [CS・衛星(字幕)] 7点

 

【独り言】

わたしが勝手につけた副題の「東洋的な、あまりに東洋的な」は19世紀終盤に活躍したドイツ哲学者フリードリッヒ・ニーチェの著書「人間的な、あまりに人間的な(Menschlich, all zu menschlich)」をもじったものです。