かわまりの映画評と創作

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【映画ルーム(89) おくりびと 〜 ほっこり窮極の癒し 9点】

【かわまりの映画ルーム(89) おくりびと 〜 ほっこり窮極の癒し 9点】平均点:7.01 / 10点(Review 224人)   2008年【日】 上映時間:130分. クレジット(配役と製作者)などについては次のURLをご覧ください。 https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=16194

 

この内容全ての著作権はかわまりに帰属し、独り言を除く部分の版権はjtnew.jp に帰属します。平均点とレビューワー数はアップロード時のものです。

 

【あらすじ】

オーケストラでチェロを弾く大悟。ところがオケは解散することになり、職探し。そして、条件のよさそうな求人を見つける。「旅のお手伝い」の仕事ということで、旅行会社か何かだと思い面接に行くのだが、その仕事とは納棺師であった。【コウモリ】さん

 

【かわまりのコメント】

《ネタバレ》 自由な時間が持てて初任給が50万円だってさ・・・みんなが嫌がる仕事で始める人があまりいないからなんだろうけどこの映画がヒットして始める人が増えれば初任給はこのままではないだろうな・・・英語サイトに「自分の才能に限界を感じた音楽家が云々。」と書いてあったの は嘘だよ、主人公が失業したのは何度も海外遠征さえ経験した主人公の才能のせいじゃないもん・・・無縁仏になるかもしれない死亡者のために急遽呼ばれた葬儀屋は納棺の儀式なしに遺体を棺おけに放り込もうとしたところを見ると、この儀式をやってもらうためには結構な金額を払わなければいけないらしいな・・・この仕事を喜んでやる人が増えても自由な時間はそのままだろうな・・・両親の期待を背負ってお金も時間もかけて習得したチェロを主人公が簡単に捨てるわけないでしょ・・・といった数々のへそ曲がりの感想をマイナス1点に押し込んで、久々に見る心にしみる映画だと思ったことを白状します。ギャグでも作為でもない自然な演技で人を上品に笑わせることができるのは世界中に輸出するべき日本の芸術の粋かもしれません。下町情緒が漂うニューヨークのソーホーのマチネでエンド・ロールが始まっても席を立つ人が少なかったのは知り合いやひいきの俳優が出演しているかどうかを確かめるためではなかったようです。それにしても、「様式美」とどなたかが書いていらっしゃった納棺の儀式はまさに芸術ですね。.

 

10 点満点の人のコメント

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?POINT=11&TITLE_NO=16194

8点(最頻出点)の人のコメント

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?POINT=9&TITLE_NO=16194

低い点(1点と2点)を付けた人、集まれ!

1. 《ネタバレ》  知り合いに納棺師がいて、その実態を詳しく話し聞いているからだと思うのだけど、映し出される映像に新鮮味が全くなかった。というか、どうも実態とかけ離れすぎている。ほとんど腐乱死体やら自殺死体を扱い、あんなに綺麗な死体は稀。家族から感謝されることなど無いそうである。映画には写っていなかったと思うが、死体があった部屋の掃除もメイン業務。
 などという前提があったためか、一見汚らしいと感じられるものから美しい部分を抽出して、適当に流れを創り、美しい物語を創りあげるために、このような素材を選んだ感が強く感じられてならない。
 当然のことながら、そのようなために納棺師という職業があるのではない。美しい物語を創りたいのなら素材はいくらでも転がっているのに。【小塚】さん [映画館(邦画)] 1点

2. 

《ネタバレ》 大変申し訳ないが率直に書かせていただくと、基本的には登場人物が泣くのに合わせて観客を泣かす作りの映画と感じられる。序盤のコミカルな箇所は気に障るが、まあこういうのがないと娯楽映画として成り立たないのだろう。

ところで劇中では人間の生死に関する複数のエピソードが並列的に出ているが、そのうち映画の構成上は全編の最後、父親の遺体の場面が最重要なのだと考えられる。ここは単純な親子の情愛(和解)の表現にとどまらず、人間の“生の意味”を伝える場面、つまり子(主人公)が生きて、さらにその子(胎児)に生を受け継いでいくことが、父親(峰岸氏)の生きた意味にもつながることを主人公が悟る場面だろうと思われる。
しかし映像を見ていても“これをこうすればこう見えるはずだ”といった説明的な印象しかなく、意味はわかるという以上のものではない。鮭の遡上風景はこのラストにつながる布石ということだろうが、これも貧弱な造形物のため多少の脱力感なしには見られない場面だった。“一度きりの人生だから個人の生を輝かせなければ”という、何か強迫的にも思われる観念が一般化している今日、もう一度根本に立ち返って生の意味を問い直すはずの場面が印象的に見えていないのは、個人的にも残念に思う。

それから主人公の妻の問題発言については多くの人が唐突と感じるだろうが、これはまあ当該個人の意識の問題と取れなくもない。しかし地元在住の旧友その他の一般住民までが蔑視を当然のものとし、かつその感情を当人に向けてまともに表出することをためらわないというのはいつの時代のどこの話なのかと思う。必ずしも詳しい事情がわかって書いているのではないが、単に田舎だからで済ませられる話でもなく、少なくとも個別地域の社会事情と無関係にストーリーの味付け程度の感覚で軽々に取り扱っていい問題のような気はしない。

以上のようなことで、自分としてはあまり高く評価する気にならない。今さら何点付けようが大勢に影響はないという前提で、思い切って低い点を付けておく。【くるきまき】さん [DVD(邦画)] 2点

 

【はみ出し独り言】

わたしが勝手につけた副題は必ずしもこの作品に捧げたものではないかもしれない。では、何に意識してわたしはこの副題を別の作品との対比においてこの作品に捧げたのかもしれない。訳がわからんことを書いていると思われるかもしれないが、その作品とは2008年の第81回アカデミー賞外国語部門賞にノミネートされ、受賞作になるだろうという前評判が最も高かったイスラエルのアニメ作品「戦場でワルツを」なのです。結果はイスラエルの作品を押さえてこの日本作品の「おくりびと」が外国語部門賞を受賞したわけですが、そこにわたしはちょっとしたアイロニー(皮肉)を感じてしまうのです。確かにイスラエル作品の「戦場でワルツを」は美術としても秀逸だし、BGMはショパンの有名な誰に対しても郷愁を誘うマズルカ風ワルツ、そしてテーマは死と隣接した人のトラウマと重たい。よく描けている。これはイスラエルの国内向けには「タカ派の政党や政治家を選ぶことでイスラエル国民はこんな不幸な人々(兵士)を生み出しているんだよ。」というメッセージと取れるが、一旦火薬庫のような中東を離れたら「おいおい、戦争は絶対にしないで話し合いで解決するという選択肢もあるんだよ。」という方が芸術が主張する内容としては妥当と言えないだろうか? そこで登場したのが平和憲法を世界に誇示する我が国発のドラマなのです。何人かの方が触れている予定調和など大した問題ではないのです。確かにこの作品では不慮の死を迎えた、あるいは無残な死に方をした人は主人公によってあの世に送られていないかもしれません。でも、2001年の同時多発テロで三千人を超える人命を一度に失ったアメリカの映画愛好者の「これらが本来の旅立ち(死)であって欲しいという思いが日本の作品に軍配を上げたのです。そして運命の歯車は回ります。物語の舞台となった東北で大地震が起き、津波が津々浦々を襲うのはこの作品がアカデミー賞を受賞してから三年後、自然の猛威に2万人の人命が失われました。

わたしが日本とイスラエルの両作品を鑑賞したのは2008年でしたがイスラエル作品の方はもう一度鑑賞してから取り上げます。

 

【参考】

戦場でワルツを

https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=17126