かわまりの映画評と創作

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【映画ルーム(86) ボルチモアの光 〜 神が意図したこと 8点】

【かわまりの映画ルーム(86) ボルチモアの光 〜 神が意図したこと 8点】平均点:n.a. / 10点 Review 1人 IMDB 8.2点/10 点 12,259人) 【米】 上映時間:110分.  クレジット(配役と製作者)などについては次のURLをご覧ください。 https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=20132

 

この内容全ての著作権はかわまりに帰属し、独り言を除く部分の版権はjtnew.jp に帰属します。平均点とレビューワー数はアップロード時のものです。


【あらすじ】

人種偏見が根強かった第二次世界大戦中のアメリカ。大病院の外科主任ブラロックは下働きに雇った黒人のヴィヴィアンに外科医の素質を見出し、ヴィヴィアンも医療に進路を見出すが取引銀行の倒産でヴィヴィアンの医学校進学の夢は学資と共に消え去る。それでも多くの外科医が前戦に駆り出される時勢に一縷の望みを繋ぎ、ヴィヴィアンは厳しい自主学習に加えてブラロックの指導を仰ぐ。妻とブラロックに加えて研究成果を待つ戦場の傷病兵と小児病棟の子供たちがヴィヴィアンを支えたのだ。先天性心臓病治療に希望をもたらした実話。

 

【かわまりのコメント】

男性である主人公は作中でも「女みたい」と言われるような名前をしていますが、奴隷に甘んじても誇りを失わなかった家庭に生まれ、アフリカ由来の名前をつけられたようです。映画の中身ですが、キング牧師のように「私には夢がある!」と絶叫するわけでもなくバスの中で頑として白人に席を譲らずに公民権運動の旗印を掲げた話でもなく(どちらもアメリカの1960年代)、それよりもずっと昔の話でありながら主人公が黒人であるという事実もさらりと描かれ、医学根性ものとでも呼びたくなるような主人公の努力も誇張されず、先天性心臓疾患の子供たちとその親たちの望みも努力の動機の一要素以上でも以下でもなく、白人医師と黒人助手の間の友情も相手の将来を思いやる親切心からというよりは自分の助手として存分に使いたいという利己心の両方の所産として現実的に描かれています。これだけ多くの要素が一作の中に詰め込まれているわけで英語のタイトルをつけた人はさぞかし考えあぐねただろうと思いますが、”Something the Lord Made”は正に「事実は小説より奇なり」ではなく「事実は小説より感動的なり」というところです。黒人に生まれたことを負い目とは感じず、医学校にいけなかった運命を悲憤慷慨もせず、敷かれた線路の上を歩まず、ただまっすぐに病気治療に向けて努力するゲリラ戦で栄光をつかむ主人公の生き方からは学ぶところが多いです。主人公の器用さが外科医としての道を歩むきっかけになったのは事実でしょうが、外科手術という人体にとっての極限状態の下でショック死させないためには執刀医には生理学の広範な知識が必要とされ、戦時下で怪我によるショック死を回避する研究が急務だったせいでブラロック医師が主人公に動物実験をさせた(採用の翌日だったそうです)理由であり、後に執刀医であり医学教育者となった主人公もブラロックと同程度の生理学の知識があったに違いないことをつけ加えておきます。

 

【はみ出し独り言】

巻頭のシーンで頭髪に白髪が混じる主人公のヴィヴアンが大学のロビーの名誉教授の肖像画のギャラリーで自分の肖像画の前で足を止め、その隣に掲げられた他界してもなお自分を見守っているかのような恩師の肖像画の前で感慨に耽る。ヴィヴィアンは名門ジョンズ・ホプキンス大学医学部で唯一、いやアメリカ全土の数多くの医学校の中でも珍しいと思われる正式な大学教育を受けていない教授、しかも名誉教授なのである。大学で心臓病の外科治療を研究していたブラロック教授に出会っていなかったらヴィヴィアンは器用な大工として一生を終えていたと思われた。しかし同教授の出会いという僥倖に加えてヴィヴィアンは多くの外科医が戦場に駆り出される時勢に心臓手術に期待を繋ぐ子供達やその親たちの期待を一身に背負い、教授の助手を務めながら医師免許取得、外科手術における自己研鑽、人種差別との闘いなど他の想像を超える苦労と努力を重ねてきた。日本でもファンが多い、60代の若さで亡くなったアラン・リックマンが演じるブラロック教授は必見です。