かわまりの映画評と創作

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【読書ルーム(85) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【かわまりの読書ルーム『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜最前線からの使者 6/6 】


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【本文】

「一九三九年の始めに核分裂に関して二つの論文を発表して以来、ハーンとシュトラスマンは後続の論文を発表していない。」

「元カイザー・ウィルヘルム研究所所長のデバイが研究所に優秀な原子物理学者や放射線化学者が集められていると証言した。」

ナチス・ドイツチェコスロバキアポーランドウラニウム鉱山を手中に収めてそれらの鉱山からのウラニウム鉱石の搬送を禁止した。そればかりではない。ベルギー領コンゴウラニウム鉱山も事実上、ナチス・ドイツの手中にある。」

ノルウェーの重水工場もナチス・ドイツの手に落ちた。」

そして、愛国者ハイゼンベルクがカイザー・ウィルヘルム研究所の所長に就任したこと、一九三九年の夏にコンプトンと会見した際の好戦的な発言、ハイゼンベルクが「ドイツが私を必要としている。」と言ってアメリカの複数の大学からの招聘を断ったこと、そしてフェルミ、ウィグナー、ベーテ、テラーら、亡命科学者たちの熱心な研究姿勢、とりわけシラードがアインシュタインを動かして大統領に直訴してまで原子力開発に対する政府の援助を要請したことなども話題になった。

 

「彼ら、亡命科学者たちはナチスの脅威を自ら体験しているから研究熱心なのだ。」

「彼らの故郷ではほとんどの大学や研究機関が国立で、研究の秘密を守れという政府の命令が出れば従順に従うしかない。亡命科学者たちはナチス・ドイツ原子力開発に取り組んでいるという決定的な証拠をつかんでいるわけではないにせよ、その可能性が非常に高いことを知っている。とりわけユダヤ人の亡命科学者たちにとっては、これは生まれ育った国に残してきた同胞たちが生きるか死ぬかの大問題なのだ。」

三人の生粋のアメリカ人の科学者の間でこのような憶測や意見が交わされた。

 

コンプトンは少し以前に、大学生になる長男と共にニューヨーク・タイムスの幹部を交えた懇談会に出席する機会を得た際、「自由と民主主義を守るためには戦争は避けられないかもしれない。」と語ったニューヨーク・タイムスの幹部に対して長男が嫌悪感を露にしたことを思い出してこう言った。

第一次世界大戦後、パクス・アメリカーナ呼ばれた繁栄の下で平和ボケした世代は戦争を回避することだけが自由と平和と民主主義を守る手段だと考えている。しかし、ナチスの侵略に脅かされているヨーロッパの人々と日本の侵略に脅かされているアジアの人々にとっては自由や平和や民主主義は戦わずしては風前の灯火なのだxxxviii[12] 。」

 

アメリカで生まれ育った三人の科学者はアメリカが参戦する可能性とナチス・ドイツによる原子力開発の可能性や亡命科学者たちの熱心さに関してさらに様々な意見が交わしたが、推論の結果は一致した。

ナチス・ドイツ原子力の開発を間違いなく推進している。原子爆弾を手中にすれば、ヒトラーは世界制覇をもくろむかもしない。」

「もしもナチス・ドイツ原子爆弾を手中にしたら、イギリスはもちろんのこと、大西洋を隔てたアメリカの主要都市までがことごとく破壊され、われわれのうちで生き残った者は狂気のナチス・ドイツの奴隷になるのだ。」

 

象牙の塔宇宙線の研究に従事するコンプトン、アメリ東海岸の最高学府の長であるコナント、自らが開発したサイクロトロンによって応用分野で数々の成果を上げたがオリファントと面接するまではヨーロッパの戦禍は遠くの出来事と感じていたローレンスの三人は世界情勢に対処するためにアメリカの科学者が成し遂げなければならない使命を自覚した。それは自由な世界を守り抜くために、ウラニウム235の分離やプルトニウムの生成にどれほどの労力と費用がかかろうと、またどんな犠牲を払ってでもイギリスと協同で原子力開発が成し遂げられなければならないということだった。コンプトンは次回の報告書で原子力開発に関して行政との関連が最も深い問題、すなわち経費と期間についてより具体的な見積もりを呈示しようと考えていた。

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【参考】

 

拙著「プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語」URL:   https://www.amazon.co.jp/プロメテウス達よ-川上真理子-ebook/dp/B01G107PTG/ref=sr_1_3?__mk_ja_JP=カタカナ&keywords=川上真理子&qid=1564781407&s=digital-text&sr=1-3