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【読書ルーム(62) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【かわまりの読書ルーム 『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め 〜 預言者たちは走る 3/7】


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【本文】

その後間もなく、フレデリック・ジョリオがイギリスのネーチャー誌に発表した論文を読み、忠告が無視されたことを知ったシラードら慎重派は心中穏やかではなかった。オットー・ハーンの発見と結びつけて物質からの莫大なエネルギー放出、ひいては新兵器開発を予見させるような新発見や新説は危険な意思決定をしかねない政府、すなわちナチス・ドイツに対してひた隠しにする必要があった。三月末、今度はロチェスター大学教授でシラードの同志であるワイスコプフがジョリオ宛てに百五十語からなる長文の電報を送って研究成果の発表の差し止めを懇願した。

 

四月一日に電報を受け取ったジョリオはまず、アメリカかぶれした仲間がエープリル・フールの日に金のかかる冗談をよこしたと思い、それからシラードからの手紙のことを思い出して電信を使ってワイスコプフに回答した。

「シラードカラテガミヲウケトルスデニオソイケンキュウセイカハホウドウキカンニモハッピョウシタ」

シラードら四人の預言者たちは電報を読んで自分たちの努力が正に水泡に帰してしまったと感じた。

 

四月の末に、核分裂によるエネルギー開発の可能性を記事にしようと考えたニューヨーク・タイムズ紙のウィリアム・ローレンス記者がコロンビア大学に取材に訪れた。ちょうど、ボーアがプリンストンからコロンビア大学に来ていて、フェルミと共に取材に応じた。

核分裂を爆弾として利用できるほどのウラニウム235を採取するのにはどのくらいの時間がかかるものなのでしょうか?」というローレンス記者の質問にフェルミは涼しい顔で「二十五年くらい・・・いや、もしかしたら五十年くらいかかると思います。」と答えた。ローレンス記者はフェルミとボーアにさらに突っ込んだ。

「もし、ヒトラーがこれは全世界を征服するのに恰好の武器になるに違いないと考えたら、ドイツの科学者たちは何年くらいかけてウラニウム235を採取するでしょうか?」

フェルミとボーアはこの質問を聞いてただ黙って顔を見合わせた。

 

核分裂の意味を知る科学者たちには漠然とした恐怖はあったものの、シラードの警鐘を真剣には取り上げたのはいまだ三人の同志に限られていた。また、軍事に携わる科学者らに対するフェルミの説明もいまだ何らの関心も引き起こしてはいなかった。ただ、ニューヨーク・タイムズ紙のウィリアム・ローレンス記者は核分裂をめぐってドイツで何が起きているのか、どうあっても探り当てたいと思ったxxix[3]。

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【参考】